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昔の肉割れが消えた|べルタマザークリーム体験最終話

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今回は最終回。長い妊娠期間もとうとう終わり、感動的なフィナーレを飾る・・・ことになる予定だったのに、少々シモの話になってしまうのをご容赦いただきたい。食事中の方は食事が済んだらまた読んでね!

産後の肉割れの様子に起きていた奇跡

出産・退院後、改めて自分のお腹を見てみることにした。下腹部もおよそ5か月ぶりの対面である。

チェックするポイントは2つ。

  • 妊娠5ヶ月目から使っていたベルタマザークリームの効果の確認
  • 上の子の時に出来た妊娠線が、本当に消えたのか確認

まずは新しく妊娠線ができていないかチェック。

下腹部もまんべんなくチェックした。どこを探しても全く見当たらない。一つも。おまけにすべすべしっとり吸い付くような肌はキープしている。鏡でお尻、二の腕、ふくらはぎと順番に確認していったが一つも、どこにもない。

今回の妊娠では妊娠線はただの一本たりとも出来なかった!
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次は、気になっていた長女の時の妊娠線。

妊娠中は消えたかと思うほど目立たなくなり、確認することができなかった。ただ、割れ目が引き延ばされて目立たなくなったのでは?という懸念が無きにしも非ずだったのだ。

その個所を念入りに確認する。確か妊娠前は「ナメクジ」の這った後のように艶のある、光って目立つ筋があった。

色はついておらず肌色のそれは、まるでそこだけ皮膚のターンオーバーを無視しているかのように、キメのないつるりとした質感だったと記憶している。

よくよく目を凝らして探す。・・・あった!しかし光沢がなくなっている。

あの不自然なほどつるりとした光沢は消え、うっすらと筋にはなっているが不自然に光っていないので気にならない程度にはなっている。

推察するに、皮膚表面の肌状態が改善されて不自然な光沢はなくなったが、肉が割れたところまでは修復できなかったということか。

しかしこの結果は万々歳と言ってもいいのではないか。もともとできてしまった妊娠線を消す効果なんぞ期待してなかったのだから。

それでもビキニを着ても気にならないくらいに改善してくれた。

まあ、一生ビキニなんぞ着る機会はないだろうが。

余ったベルタマザークリームは、長女や次女の体に塗ったり、自分のボディケアに使ったり(顔用クリームに使ったり)大活躍している。

次女が生まれ、自分の肌の手入れをする時間などほとんど皆無になったので、今やベルタマザークリームに頼りっきり。早く定期便を止めないと、また今月もベルタが送られてきてしまうのだけど、なぜか未だ定期便をストップする気持ちになれないでいる。

ベルタクリームを塗ること以外はしょーもない妊婦生活だったが、クリームはかなりの結果を残してくれたらしい。

妊娠線を作りたくないママに、ベルタクリームを心からおすすめできる結果となったのが嬉しい。

私の体験をまとめた記事はこちら↓

生涯最悪の事が起きそうだった…出産前後の様子

それはうららかに晴れた1月の終わりの検診日、赤ちゃんもだいぶ下の方に降りてきて劇的に食欲も回復した私は、その日も「いくらなんでもこの量はどうなの?」という朝食を食べ終え、「食いしん坊ね~うふふ♪」と自身の食欲を腹の子どものせいにして検診に向かった。

ほどなく産婦人科に到着し待合室で待っていると、何やら我がお腹がぐるぐると騒ぎ始めた。普段からめったにお腹を壊さない私は「消化している音に違いない。」と不穏なお腹の騒ぎを楽観的にとらえ、育児雑誌を読みふける。

すると「そろそろ呼ばれるだろう。」という段階になり、いよいよお腹の中の騒ぎが大きくなり、時々ギュゥゥっと絞れるような痛みが襲ってくる。その段階になり、ようやく私は悟った。

「これは最悪のタイミングで生涯最悪の事件が起こるかもしれない。」

意を決してトイレに行こうと立ち上がった時「○○さん~、お入りください~♪」という声がした。

ここが「トイレに行きたいので、順番ぬかしちゃってください。」と言えるラストチャンスだったというのに、気の小さい私は「そんなもん先に行っとけよ。」と思われるのが怖いあまりに「ハ、ハイ」とスゴスゴと診察室へ向かったのであった。

入室し、軽い問診のあと、そう、内診の時がやってきた。しかし今、腹の痛みは短いインターバルを迎えたようだ。痛みの雲の切れ間から美しい日光の光が差し込み、神が私に救いの手を差し伸べている。今だ、今しかない。

私はさっさと下着を脱ぎ棄て、目にもとまらぬ速さで内診台に上る。おそらく産婦人科開業以来の最速妊婦だったに違いない。

とにかく今この瞬間にさっさと内診を済ませてしまいたい。ドクターにとってもそれがベストなのだ。「早く済ませてくれ。」という私の期待とは裏腹にドクターは念入りに調べている。無理もない、予定日はもう間近なのだから。

グリグリと内診を続けていると、お腹がギュウウ・・・っと張ってきた。内診をしたことによって子宮が収縮し始めたのか、腸が蠕動運動を始めたのか判別不能だったが、伴う結果は天と地ほども違うのだ。もうやめて・・・・。悲痛な叫びが口から洩れる寸前「はい、いいでしょう。」

その後のエコーも何もかもが上の空で、その日の検診は終了した。体は機械的に動いていたが魂は完全に女子トイレへと飛んでいたといえる。何を言われたかも定かではない。診察室を出てまっすぐに、でもヨロめきながらトイレに向かい、事なきを得た瞬間の安堵感たるや!!

調子に乗って食べ過ぎた痛恨のミスである。いや、事なきを得たのだからミスではないのか。ともあれ、妊婦の皆さん検診日の食事は控えめにしましょうという教訓になれば幸いである。

さて。

その後健診から帰宅し、お腹の張りがやけに頻繁なことに気付いた。断続的に張りがやってくる。しかしまだ痛みを伴うような張りではなかったので陣痛ではないだろう。

夜になり、長女と風呂上りに「な~べな~べそ~こぬけ!」の遊びをしていたとき、ビシャ!っと音がした。一瞬何のことかわからず周りをきょろきょろするも原因は見当たらない。

すると娘が「あ!ママ!おもらし!」と私の真下を指さす。そう、抜けたのは鍋の底ではなく羊膜であった。破水である。

「とうとうきた。」

思えば魂の抜けた私に、ドクターが「子宮口が開き始めた」とか何とか言っていなかったか、「あと2~3日で・・・。」などという言葉を小耳に挟まなかったか。

しかし私には気にかけている余裕はなかった。魂はトイレの便座上にいたのだから。そんなことを思っても後の祭りである。とにかく手早く下着を変え処置をし、病院に連絡した。時間は21:00。

病院に到着し、陣痛室に入る。看護師さんは子宮口を確認し、「まだしばらくかかりそうね~、朝になるかもねぇ。」と言った。そして旦那と二人陣痛室でしばし待つ。

「朝かあ~、俺いったん帰ろうかな、長女のことも心配だし。」という旦那に

「そのほうがいいかもね~。」とは言ったものの、なんとなく朝にはならない気がしていた。どうしてって言われても困るが、妊婦にだけ備わった野生の勘と言うべきものかもしれない。

ほどなく強い張りが規則的に起こり陣痛となる。旦那はまだ帰宅せず、缶コーヒーなんか飲んでへらへらおしゃべりしていた。

そうこうしているうちに陣痛はあれよあれよと激しくなりとうとう看護師さんを呼び、確認してみると子宮口は8センチ近く開いている。もう痛みはMAX、これ以上は無理な痛みである。このとき時間を確認したら11時を過ぎたところ。

これ以上は無理と思われた痛みからさらに15分ほど。一人目に立ち会うことの出来なかった旦那にとっては初めての修羅場である。

「腰が痛い!」といえば私の腰をさすり、「水!」といえばミネラルウォーターを口元に差し出し完全に下僕と化している。

陣痛の合間に調子に乗って足を揉ませてみたところ、さすがに「これは関係なくない?」と突っ込まれた。意外と冷静な下僕である。

いよいよ分娩台にのぼる。

今度は最速妊婦からはほど遠く、のそのそと苦痛にあえぎながら出産体勢に入った。

分娩台とは不思議なもので、乗ったが最後「もうどうにでもしてくれ。」という気持ちになる。鯉にとってのまな板も分娩台のようなものなのか。

旦那は傍らで鯉のように口をパクパク開けて苦しむ私の手を握って青ざめている。この非常時に私の頭の中は人間の手を持つ鯉が分娩台の上でビチビチ暴れるシュールな画像が浮かんでいた。鯉の手を真剣な顔で握っている旦那も。

鯉の腹が大きく収縮するたび、この世の痛みとも思えぬ痛みが襲う。もう旦那など視界にも入らない。私の世界すべてを痛みが支配している感覚である。

ただ、収縮しているときは赤ちゃんも苦しいんじゃないかなんて、なぜかそればかりが気にかかっていた。もう少し!もう少しで解放してあげるから頑張って。一緒に頑張って。

時間は夜中の11:57分、日付の変わるギリギリ。長女に笑っちゃうくらいそっくりな、女の赤ちゃんが元気に生まれた。2560g、私のお腹を蹴り続けた足癖の悪い次女誕生である。

これにて、妊娠5ヶ月目からのベルタマザークリーム体験記を終わろうと思う。長らくつたない体験談を呼んでくださり、ありがとうございました! 

妊娠線が消えた体験のまとめはこちら↓

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