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生活リズムを整えてストレスを減らすために。100以上の超具体的な赤ちゃんの寝かしつけのコツ。

添い乳も通用しない…疲れ果てた私を救った実家の目と手

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母の体質に似て、母乳はすぐに止まった

私が出産したのは12年前になります。いまだったら30代の出産は普通ですが、その頃は高齢出産と言われていました(現在40代)

産まれた時からしばらくは母乳が出たのですが、なかなか母乳が出にくくなり粉ミルクでの授乳に切り替えざるを得ませんでした。

私の母もそうでしたので、それほどショックではありませんでしたが、困ったのは寝かしつけです。

私自身、赤ちゃんの頃から神経質でなかなか眠らない子供でした。あまりに泣いてばかりいるので、祖父が『布団に針でも入っているんじゃないか』と言ったほどでした。

この寝つきの悪い体質は現在も続いていて、やはり子供にも引き継いでしまいました。とにかく、何をしてもちっとも眠ってくれないのです。

沿い乳もしてみましたが・・・

母乳が出ないといっても全然ではなく、体調によっては出る時もあります。そのため、寝かしつけのために沿い乳をするようになりました。

沿い乳だと、かえってあまり出ない方が安心でもありました。沿い乳によって中耳炎になったり、虫歯になったりするというお話も聞いていましたので。

やはり、赤ちゃんは心臓の音を聞くだけでも安心するのか、最初はよく眠ってくれるようになりました。

しかし、その安心もつかの間で、またすぐにぐずり出すようになりました。世の中に眠らない子は大勢いますが、私の子供ですので今後の展開が目に見えるようでした。

昔は家族で子育てをした

私が産まれた時代は、祖父母も、母の妹も家にいて、私がいくら泣いても見ていることができました。

そんな中で、かなり乱暴な寝かしつけもあったというお話です。

何でも、私があまりに寝ないので、母も祖母も疲れ果てていたら、当時高校生だった叔母が泣いている私を抱いたまま、180度ブーンブーンと振り回すように揺らしたら泣きやんで眠った、という話も笑い話として聞いています。

ただ、現代にそんな事をするわけにもいきません(揺さぶられっ子症候群というのもあるので危険です)。

旦那と旦那の母親の目もありますし、何と言っても、田舎の大家族の昔の話です。

旦那は赤ちゃんを壊れ物のように考えているタイプですので、寝かしつけに関しては、まったくアテにできません。

寝かしつけの模索が始まる

産んだのは女の子で、何もかも私に似ていました。子供の頃に泣き止まない点も似ていて、その点では実家の母から話を詳しく聞くことができました。

母の意見は『寝ない時は、泣き疲れるまで放っておくしかなかった』ということでした。

確かにそれが出来ればいいのですが、やはりそれは母が実家にいたからこその話です。旦那には仕事もありますし、いつまでも泣いていられては眠れず、翌日の仕事に支障が出ます。

さらにアパート暮らしでしたので、隣近所も気になります。

私はまた添え乳をしたり、色々なおもちゃを使って気をそらしたりしようとしましたが、頑固さまで私に似たのか、そんな子供だましにはごまかされないぞとばかりに、本人が泣き疲れるまで決して寝ようとせず、私は疲れ果ててしまいました。

思い切って実家に帰った

旦那が子育てに協力しなかったわけではありませんが、やはりこのように夜泣きが続くと、多少荒っぽく寝かしつけをしなくてはなりませんので、私は思い切って実家へ帰ることにしました。

このあと、旦那ともども実家で暮らすことになるのですが、娘が赤ちゃんの時点では旦那や姑を説得するのにかなり苦労しました。

しかし、私自身が自他共に認める頑固な性質で、娘もまた赤ん坊とはいえ頑固に泣き続けます。これを旦那に理解してもらうのは、当時は大変難しかったです。

いまイクメンという言葉が流行っていて、男性も子育てに参加しなければいけない、という風潮がありますが、はっきり言って男性は育児に向いていません。

泣き続ける赤ん坊を見て

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などと男性は考えがちです。だけど赤ん坊に理屈などありません。理論が通じない生き物です。

ですので、この状態は旦那にとってもストレスです。姑によると、旦那自身はあまり手のかからない子だったそうなので、姑は娘の夜泣きを病気だと思う始末でした。

どこまでも私に似た子を産んでゴメンネ、と言うしかありませんでした。

そのため色々ありましたが押し切って、娘を連れて実家に戻りました。この時点で、旦那もじきに私の実家で同居…という方向に話が進みました。

やはり、『手』はたくさんある方がいい

実家には、母、叔母、叔母の家族、高齢の祖父母がいました。いわゆる典型的な田舎の大家族です。

娘を連れて行った時『昔のあんたとおんなじ!』と母は大笑いしていました。

『泣く子に関しては、泣かなくなるまで放っておくしかない』というのが実家のやり方でした。実際、添え乳をやめたら、最終的にそうするしかありません。

私があまりに泣き止まなかったのでそうせざるを得なかった、というのもありますが、実家にいて良い点は、赤ちゃんを抱く『手』がたくさんあることです。

核家族化した都会や、私たちよりずっと若い夫婦ではもうあまり考えられないかもしれませんね。赤ちゃんが泣き続けていても、目を離していても誰かが必ず見ていてくれるのが実家ですので、私は家事を手伝ったり、買い物に行ったりもできます。

この『ちょっとだけ赤ちゃんから離れられる』という状況のおかげでだいぶ気がラクになりました。

また、母が言うには『何よりも、大きくなれば泣かなくなる』とのことで、それまで待つしかない、と自分も腹をくくることができました。私の寝つきが悪いのはいまでもありますが、さすがにぐずりはしませんから…。

そういうわけで、大きくなるまでだましだまし、実家で育てるようになったのです。

最初は色んな問題があっても、『子育てに協力しなければ』というプレッシャーから解放された旦那は徐々にリラックスしてきて、週末には実家に来るようになり、実家で暮らす具体的な話が始まりました。

旦那の母親には申し訳なかったです。ただ、娘の夜泣きをちょっとした病気かもしれないと心配していたので、完全同意ではなかったものの承知してくれたことは、とてもありがたく思っています。

そのため、これは万人にあてはまる方法とは言えません。あくまで私の体験談になります。

赤ちゃんを見る目が多いのが、プレッシャーの軽減になった

私が娘を連れて実家に帰った頃はもう、祖父母は高齢で、ほんとうに『見ている』ことしかできませんでしたが、それでも家の中では誰かの目が娘に注がれているのが心強かったです。

さらに、母よりも子育て経験が豊富な叔母(私は一人っ子)が、赤ちゃんにはわからなくてもアニメを見せたり、抱いてあやしたり、時には大きく揺さぶったり(これは旦那には見せませんでした)してくれました。

また、母はきめ細かく娘の産着を見てくれました。

『あんたは風邪を引きやすかったから、びっちり着せていたけど暑すぎて泣いたのもあるかもしれない』と言って、1日のうちでも何回か着替えをさせてみたら、とアドバイスしてくれました。

結果、娘の寝かしつけがラクになったかというと、それはありません。娘は物心がつくようになるまで、泣き続けました。ただ私や旦那がラクになっただけのことでした。

旦那をいちばんラクにしたのは、祖母の『赤ん坊は泣くもんだっ!』というひと言でした。

理詰めに考えがちな旦那はそれでふっきれたようで、娘が泣いていようが、平気で仕事に行くようになりました。

こっち側の実家で暮らすとなると、周りはいろいろ詮索するし友達からも反対されましたが、やはり決行して良かったと思っています。

結論として、添え乳をやめた後は、赤ちゃんが眠るまで放っておいた…というズボラが子育てとなりましたが、放っておける環境があったのもラッキーだったと思っています。

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