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乳腺炎を最悪な状態まで悪化させたママの話3~医者「ここまで悪化させたのは二人目。もうダメかも…」~

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医者が「もうダメかも」と思うほどの、かなりキツイ乳腺炎を体験したママのお話です。なるべく優しい表現を心がけていますが、壮絶なものが苦手な方はやめたほうがいいかも。いよいよクライマックス!

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さらに広がっていく噴火口

ココから先お食事中の方はご遠慮ください。

翌朝、日曜日のことです。乳腺にまた膿が溜まってきたのか、ズキズキという痛みで目が覚めました。しかし何とか今日という一日を乗り切らねばなりません。日曜日はどこに行っても診察してくれるところはないのです。膿を出して少し楽になろうと、授乳を終えてからさっそくガーゼ交換に取り掛かりました。

前日たっぷり塗りたくった軟膏のおかげか、ガーゼは思ったよりもすんなり剥がれていきます。剥がれたガーゼを見ると噴火口から吹き出たカラフルな?マグマと白っぽい軟膏が混ざり合いまるで地獄絵図。心なしか昨日より粘着性が高まって、よりドロっとした質感に変わっているように感じました。

さて、肝心の噴火口ですが、直径が完全に昨日よりも大きくなり、1cmに満たなかった噴火口の直径が今ではなんと1.3cmほどはあるように見えます。相変わらず噴火口の周りは赤黒く、穴の中にはなにやら得体の知れない液体がグログロと詰まっています。

意を決して噴火口から離れた位置を手のひらで包むようにし、噴火口に向かい圧力を加えてみます。するとドゥルルル~という具合にマグマは溢れました。あまりの悲惨な光景に、気を失いそうになりながらもマグマの噴出が少なくなるまで何度が続けました。

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傷口の痛み

一人孤独な戦いを終え、患部を軟膏とガーゼで処置し終わると、胸の痛みはかなり楽になりました。

さすがにこの時点では「医者に行かなく済むかも・・・!」などとふざけた考えは捨てていましたが、炎症を起こした乳腺が膿んで、母乳と膿がともに流れ出たのでしょうからそれは楽になるはずです。しかしここからはまったく違う痛みと戦うことになるのです。乳房に開いた穴、噴火口の傷口の痛みでした。

腫れも幾分か和らぎ、少し気持に余裕が出てきた途端、ヒリヒリズキズキと昨日までとは違う痛みが襲ってきました。噴火口に開いた穴が痛むのです。1.3cmもの穴が開いているのですから当然ですが、それまではあまりにも右乳房全体の痛みがひどく気がつかなかったのでしょう。

しかも前日の時点より傷口が大きくなっているということは段々噴火口が広がっているということです。考えるのも恐ろしい事態ですがどうすることも出来ません。このまま穴はどこまで広がっていくのか不安が募りました。

怖いもの見たさだったパパ撃沈

そして日曜日の夕方。修羅の家と化した我が家に何も知らぬ主人が帰宅しました。

私はなるべく平静を装い、大騒ぎにならないよう努めて軽い調子で主人に理由を話しました。

「え・・・?穴が開いたって・・え?え?・・・。」

全く想像外で訳がわからないという顔の主人。

「いや・・・、乳腺炎が噴火しておっぱいに穴が開いたのだ。そしてその穴から膿が流れ出たのでおっぱいは楽になった。」とまあ、こんな趣旨のことを話すと

「ちょっと・・・みせてごらんよ。」と青い顔で要求してきます。

「いや、やめたほうがいい。あなたにはキツすぎる。無理だって、気絶するって・・・!」

私は長男出産のときに陣痛室で気絶しかけた主人を思い出しながら必死で止めました。(それはそれで大変な出産であったことは確かなのですが・・・。)

主人は「そんなことをいったってガーゼは取り替えなきゃならないんでしょ?いいからちょっと見せてみなよ。」としつこく食い下がります。

私はしぶしぶ主人にガーゼ交換をしてもらうことにしました。主人はなぜかちょっとワクワクしたような顔でガーゼを剥がしています。恐いもの見たさのような気持もあったのかもしれません、そのときまでは・・・!

とうとう肉ごとごっそり・・・。

ガーゼを剥がしはじめて傷口に到達したかと思われる頃、なにやら噴火口の違和感を感じた私。ガーゼの内側が外気に触れた清涼感と共に、痛みと軽く引き攣れるような感じがしました。

そのときガーゼの中をのぞきながら剥がしていた主人が

「ひっ!」

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という声を上げて、剥がしかけたガーゼをまたくっつけたのです。しばし見つめあう二人。ロマンチックとは対極にあるこの空気・・・。

(なにかやばいことが起きたに違いない・・・。)と瞬間的に悟った私は

「何?何!?どうしたの!?みせてよ!」と詰め寄ります。

「いや・・・、見るな、見ない方がいいって・・・!」

見ない方がいいとまで言われて本当に見ないでいられるほど呑気ではありません。恐る恐るガーゼを再びめくって覗き込んでみるとなんと!!!

500円玉ほどの肉片がガーゼのほうにボコッとくっついているじゃあ~りませんか!!!

「いやいや、何かの見間違いだろ膿みだよなこれ・・・!?」と思った私は、急いでくっつけたガーゼをもう一度ゆっくり引き剥がします。

するとガーゼにくっついているのは直径およそ500円玉硬貨、厚さはざっと1.5cmほど(に見えました・・・。)の分厚い、腐った肉片だったのです!

私は妙に心が静まり返り、冷静に観察すると、取れた肉片はぐずぐずにとろけてもう固形なのが液体なのかわからないような状態になっています。

乳房本体の噴火口は、ごっそり肉片が取れた部分が陥没し、中の赤い血と肉が見えてきていました。しかし、人の体とは良くできたもので、その傷口は早くも縮まってふさがろうと努力しているかのごとく、噴火口の縁は縮みはじめていて直径2・5cm深さ1cmほどのクレーター状態になっていました。

ようやく病院へ。医者もビックリ

翌日ようやくかかりつけの病院で診察を受けました。診察室に入り、私の胸の状態を見るや否や担当医は

「うおおおおおお!」

っと声を漏らします。バタバタと看護士さん2名と共に処置室へと運ばれ、すぐさま

「オペ室だ、オペ室!」

という担当医の声が・・・。

ごそごそと処置室のベットから起き上がり、オペ室に移動。上半身の衣服を脱がされオペ台に寝かされた私。苦手な金属の医療器具たちが所狭しと並んでいますが、そんな事はもうどうでもいいのです。「はやくこの腐りゆく乳房を何とかしてくれ!」という心境でございました。

大きく開いた穴の内側を、消毒薬のようなものをたっぷり含ませた脱脂綿でぐりんぐりんと洗っていきます。(ちなみに麻酔をしたかどうかは失念いたしました。)ヒンヤリとつめたい消毒薬の感触と、背中側に伝いポタポタと流れ落ちる血と膿みと薬の交じった感触を今でも鮮明に覚えています。

処置をしながら

「こんなに乳腺炎を悪化させた奴は生涯で二人目だ・・・。」

という医師のつぶやきを(なんだ、まだ上がいるのか・・・。これ以上の悪化ってモロにとれちゃったとか!?)と疑問に思いましたが、そんな呑気な質問をするような雰囲気ではなかったので自重。そして最期に噴火口を縫合しました。

大きな穴だったので多少無理して引っ張ってくっつけた感があり、その後何日か引き攣れるような感覚もありましたが、なんとか修繕も無事終了。その後抗生物質を飲み、毎日経過観察に通い、5日ほど経ってから担当医に

「いや、一目見たときはもうだめかと思ったよ・・・。」

と心情を吐露されたとき、「もうだめ」とはどんな状態なのかが一番恐ろしかったのを覚えています。

まだいけるかも・・・が命取り

ここまで読んで賢明な読者の皆さんは、何が一番いけなかったのかをすでに悟っているとは思いますが、乳腺炎の初期症状は非常に軽いため「まだ大丈夫かも・・・。」と、淡い期待にすがりがちになることが一番いけないのです。

「まだ大丈夫かも。」と思ってしまったら最期、「もう限界だ。」と思う瞬間はどんどん先送りにされます。

最初は本当に「まだ大丈夫」で2~3日診察が遅れてもどうってことはないのでしょう。しかし、やっと都合がついたと思ったら急用が入り、週末になり、そのうちにあっという間に悪化してしまうものなのです。「あれ?筋肉痛かな?」と思ったらすぐに診察を受けるのが最も簡単で、最も安上がりで、最も安全なアクションです。

私の右胸は今でも傷跡が残っていますし、雨の日にはしくしく痛むこともあります。測ってはいませんが、あれだけ肉が落ちたのだからバストサイズまで小さくなったのではと怪しんでいます。

化膿止めと感染症を防ぐため、抗生物質を飲んでいたので結果的に母乳もやめるハメになりました。「まだ大丈夫かも・・・。」という考えの代償は、あまりにも大きいと思う今日この頃です。

このお話は3部作です。ここまでひどい乳腺炎の始まりはどうだったのでしょうか?

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